■■■ ■ ■ singularity(特異点)のご紹介  ■                            緑川ひかる ひかるです。今日は一転して科学のお話です。 いま、科学の分野で大きな話題になっているものにナノテクがあります。 ほんの5年前は、ナノテクの話をすると好奇の目で見られていたのが まったくウソのようです。 今日はいま現在、米国を中心に話題になっている分野をご紹介します。 singularity(特異点) です。 AIの発達とマン・マシン・インターフェイスの進展が、人間を超える 超知性を生み出すというものです。カーツワイルが主張するように、 この「超知性」の出現は不可避なのです。 (カーツワイルについては 以前このメルマガで書きました。  お忘れの方は http://www.kanon.to/hikaru/no5.txt へどうぞ) 「知性とは何か?」という重大な話題もありますがとりあえず 置いておくと、コミュニケーションすると人間と区別がつかず、 人間よりはるかに多くの、それこそ有史以来全世界の主な知識を 持ち、人間よりロジカルには適切な判断をするコンピュータは 必ず実現します。2030年から2050年くらいでしょう。 そんなに遠い話ではありません。 singularityはナノテクの分野とも密接な関係があります。 ナノテクは大変な可能性を秘めています。物質を変え、細胞を修復 できるようになるでしょう。しかし、そのコントロールをどうするか ずっと議論されていました。基本的には自立分散、自己修復型である ことはもちろんですが、みずほ銀行のシステムさえ満足に運用できない 人類が、ナノテクで物質を改造したり人体を修復するようなことを安全 に「プログラミング」することが可能でしょうか? そのひとつの回答が、singularity(特異点)に到達したときに可能 となる超知性だというのです。 しかし、超知性が出現し、ナノテクのメリットを享受できるように なった社会ってどういうものでしょうか? 社会の運転は超知性が きちんとやるでしょう。人類には何が残されているでしょうか? まず言えることは、「個性」こそが最も重要なものになるでしょう。 具体的にどういう形になるか、よくわかりません。 人類の活動としては、何が残されているでしょうか? アートだけでしょうか? いえいえ、超知性はアートもお得意なようです。 最近の人工知能が書いたイラストは、人間が書いたものと区別がつきません。 とはいうものの、まったくアートが人工知能にとって代わられることは ないように思います。話が飛びますが、カラヤンはヴェルディのレクイエム を3回録音しました。2回目は構成としてまったく見事で、超知性が 音楽を作ったら、2回目の録音をもっと研ぎすましたものになるでしょう。 しかし、カラヤン自身が死を意識した3回目の録音のほうが、確実に 人の心をうつのです。 ひとが生き、死ぬということがある限りアートは生きるでしょう。 しかししかししかし!! その「死」も克服されてしまう可能性があるのです。 長くなりました、続きはまた今度。 singularity(特異点)についての参考WEB : http://www.fan.gr.jp/~hosoi/ensemble/vwb2/genesis.html